ピジョン株式会社 取締役副社長北澤 憲政 様
聞き手:グラムコグループ代表 山田敦郎、グラムコ上海総経理 王リサ
山田
2005年からのお付合いですね、上海では。中国におけるブランド戦略の導入は2006年でしたが、当時の中国市場の状況と、ブランディングの実行を決断された背景は何だったのか、まずお聞かせ願えますか?
北澤
自分自身はシンガポール駐在から2002年に上海に異動になりました。ピジョン製品は、2003年ごろから上海では、そこそこ商品の配荷が始まっていたんですね。しかし当時ピジョンは、残念ながら中国では有名なブランドではなかった。
そこで、広告宣伝費も潤沢に使えない状況から、ブランドで認知を取ろうと考えたわけです。 それにはまず、ピジョンの売場づくりから着手しました。
ブランド認知を高める方法として、ピジョンのロゴが入ったシェルフ(陳列棚)を取引のあった店内に並べようと思ったわけです。
当時はコーナーイメージも統一されていませんでした。売場作りのガイドライン(スペースブランディング)もなかったので、どうしてもイメージがばらばらになってしまう。
一つには日本市場の影響も大きかったんです。日本は主にカテゴリー陳列(ブランドごとにまとめて展示するブランド展示とは違い、哺乳瓶なら哺乳瓶、食器なら食器だけのコーナーを、ブランドには関係なくまとめて展示する方法)で、カテゴリーの中で埋没しないようにと、ひたすら目立つパッケージを意識して作っていたわけです。
ところがこれをブランド展示で、シェルフに並べてみたらバラバラ。そこでシェルフで1つのブランドイメージを創ることを目指しました。これが中国におけるグラムコとのお付合いの始まりです。
シェルフでブランド展示するというのは、競合他社はまだやっていなかったですね。
そうこうするうち、ベビー用品を専門に販売するベビーショップが徐々にでき始めました。
王
2005~2006年には、いよいよ当社がお手伝いさせて戴いたブランディングが始まるわけですが、当時どんな変化がありましたか?
北澤
当時当社には大手の販売代理店が3つありました。その傘下に、各大手代理店が定めた2次代理店が設定されており、この体制で販売拡大を図ってきました。ただその結果、各省(江蘇省や遼寧省といったいわば日本の県のような行政の括り)に複数の2次代理店があったのです。多いところでは4つも5つも代理店があった省もあります。
これを絞ろうという決意をして、2007年には基本各省に1代理店というシステムにしました。
グラムコさんに作ってもらったブランドブックで代理店教育をしながら、決まりを作ってそれにサインをしてもらいました(ピジョンはブランド構築に投資をするが、各代理店はこのブランドを理解し決して既存するような行為をしないこと。これを遵守しない代理店には即座に退場願う、という趣旨のもの。ブランドブックの末尾に契約書のような相互の覚書が付帯していて、それにサインしてもらった)。
その後は一気にブランド認知・好感がどんどん高まって、市場も拡大。2005年から2010年に掛けて、売り上げは毎年、対前年比で50~60%伸びていきました。これも代理店政策とブランディングの結果が現れたものだと思います。
山田
最近日本では、報道などで中国市場に対して悲観的なニュースを流す傾向がありますが、現下の状況は如何ですか?
北澤
市場は今も成長しています。多少鈍化したとはいえ、経済も成長している。ただ中国市場ではブランドが重要です。2桁成長するブランドもあれば、無名な商品は競争があまりにも激しいため、ブランド認知を容易に高められない。ブランドとしての一線を(存在感として)越えているのかいないのかが重要なのです。
王
中国でもピジョン傘下の米国発ブランド、ランシノー(LANSINOH LABORATORIES,INC.米国で生まれた医科向けイメージの強いブランド。20004年ピジョンが買収し傘下に収めた)の販売を始められました。
北澤
ピジョンのブランドとしての好感度はとても高いのですが、やはりどこまで行っても日本のブランドです。中国人に十分認知・評価され、多く購買されてもいますが、一方で欧州系ブランドを強く好んでいる人も多くいます。競合のアヴェントは欧州ブランドですが、この彼らのシェアをピジョンだけで奪おうとしても難しい。そこで、米国で生まれて、早くから欧州市場に参入していたランシノーを、中国で展開することに踏み切ったのです。パッケージデザインも欧州テイストにして、価格設定も高めにしています。伸びはよく、中国に限らずランシノーは世界的に成長し、ブランドとしてのアイデンティティを獲得しつつあります。
山田
ピジョンのグローバルブランディングについて伺いたいのですが。
北澤
まず、中国市場でグラムコと一緒にブランディングに取り組み、非常にうまく行きましたが、かたや本社自身はちゃんとブランディングをやってこなかったという事情がありました。「グローバルNo.1を目指す」と言いながら、何も出来ていませんでした。
かたや中国はブランディングが上手く行っていたので、私が中国の総経理を務めた後日本に一旦戻って、そのタイミングでブランド戦略に取り組みはじめたわけです。2013年から着手しました。
まずこだわったのは、ピジョンの「赤」をパッケージ上どう扱うかでした。
コーポレートカラーである赤はいいんだけれど、どうもグローバルは違うなと。欧州では、赤のパッケージをそんなに見かけることはありません。中近東もインドも中南米も、欧州の強い影響を受けているので、同様です。赤がよく通じるのは、結局中国と東南アジアくらいなのです。
グローバルブランディングの二本柱は、クレドとブランドスタイルでした。
クレド・理念は山下社長が中心になって進めました。それまでのものを大きく変えることはしていません。価値観をつくり、社内スローガンを示し、全世界の子会社や社員に向けて、ピジョンウェイとして投げかけました。研修も行っています。一回だけでなく定期的に実施し継続しています。
グローバルリーダーシップ研修(GLP)もやっています。各事業子会社から最低1名を選抜し参加させて、すでに40名がこの研修を終えました。各社の社内研修を指揮させ、ピジョンブランドのエバンジェリストとして理念の浸透に尽くしてもらっています。
ブランドスタイルについては、様々な人の意向を聞いて作ってきたので、大きな反発もなくよく浸透していますが、今後絶対ぶれることが無いとは断言出来ません。
そこで、東京本社にチェック機能を持たせています。パッケージなどの開発や販促にあたっては、経営企画部内に管理チームを発足させます。2017年度中にはこの体制が完成する見込みです。
山田
グローバルブランド戦略としてのゴールはどのように設定されていますか。
北澤
売上の目標は、10年後(2027年度)2,000億円にするということ。
さらに哺乳瓶の世界シェア2分の1を取る、という目標も掲げています。それを達成するには、世界的な競合であるアヴェントだけでなく、各国の競合を見据えて、ローカルメーカーも含めひとつづつひっくり返していきます。まずはお母さん方の啓蒙。さらに価格的な求めやすさも大事です。ボリュームゾーンをピジョンは取っていきます。
母乳と人工の乳首の間で移動が容易になるようにしていくことが重要です。ニップルコンフュージョン(混乱)というのですが、これを解決すること。コンフュージョンを少なくしていく工夫が問われます。
当社の主力商品は、哺乳瓶、搾乳機、スキンケアです。それに消毒器のような電器製品が加わります。
引き続きターゲットはマタニティから2歳くらいまで。餅は餅屋と言いますが、あまり上の年齢層は目指しません。1ブランドで年齢層を広くカバーするのは難しいですね。カテゴリーもしかりです。世界的にいろいろな年齢やカテゴリーを押さえるブランドがあるので、日本以外で(年齢や商品カテゴリーの)幅を広げていくのは難しいとの認識です。
山田
グローバルブランディングの成果は出始めていますか。
北澤
インドは2017年度黒字化の予定だったのですが、政府が急にGST(物品サービス税)を導入したので市場が混乱しています。小売店も代理店も買い控えが起こるなど少し混乱しています。こういうことを差し引けば、インドは今年とても好調だったのです。
ちなみにインドは、最新型のショッピングモールが育っておらず、そういうところに入っている近代的なベビーショップも伸び悩んでいます。インド人が今も利用しているのは従来型の市場の薬局なのです。そういった場所で、買い求めやすい価格のものを配荷していきます。
いずれにせよ、グローバルブランディングを強力に推し進めていきます。そしてブランドイメージを高めていく。このことにはがっちり取り組んでいくつもりです。ただ、新興国でボリュームゾーンを取るためには、ピジョンブランドの下で、価格帯で分けた多層化をはかることも念頭に置いておく必要がありそうです。
つまり、今後は大きな枠でピジョンブランドを捉えて、その中で細分化していくことも考えねばならないと思っています。
王
e-コマースの影響は大きいですか。
北澤
e-コマースはどんどん規模が大きくなり、発達しています。ここでこそグローバルブランディングの意味も高まります。国境がないのですから。
グローバルブランディング導入から3年が経過しました。現在ピジョンイメージは、どの国に行ってもブレていません。販売代理店もとても協力的になっています。ブランディングをやったことで、ピジョンの立場がとても強くなったのです。
山田
今後のブランディングの取り組みについて教えてください。
北澤
ピジョンブランドとランシノーブランド、これを二本柱として両立していきます。規模感のある市場でピジョンが確立している国や地域では、ランシノーを順次投入していきます。
それと来年(2018年)、中国ではスキンケアの新ブランドを立ち上げます。工場直送のe-コマース限定販売のフレッシュネスをウリにしたブランドです。クリーンルームで製造する防腐剤を一切使わないスキンケアです。
新生児から6か月くらいまで使ってもらいます。赤ちゃんも成長するに連れて肌の保湿力が弱まってきます。そこで、ある成分を用いると、セラミドという保湿成分が増幅するのです。単に肌にアプライするだけでなく、よりセラミドが作れるようになる特別なスキンケアです。アトピーにも対応可能ですし、いずれ女性向けにも展開出来るよう、ぷるんぷるんの肌になるという研究を続けています。
山田
それはすごいですね。発売が楽しみです。
それではグローバル化に向かっている日本企業に対して、この辺りで何かアドバイスを戴けませんか。
北澤
各海外拠点に責任を持たせ、現場で自由に市場適応出来るようにすることです。ただし、ブランド戦略については、がっちりルールを作り徹底的に守らせ、その下で統一したイメージを構築することです。
一方で、ブランドスローガンは各地域ごとにあってもいいと思っています。パッケージの表記にしても、英語表記だけというのはあり得ない。英語の通じない国、特に東南アジア市場などでは、言語的ローカライズが必要です。日本で英語表記のみのパッケージが通用すると思いますか?
山田
最後に、グラムコに期待されていることがあれば一言お願いします。
北澤
ブランディングにおいて、グラムコのスタイルコントロールは新しかったし、有難かった。効果もきちんと明確に出ました。今度は、これから先何が出てくるのか、何を提供してもらえるのかに期待したいですね。次の秘密兵器は何か、といったところでしょうか。ブランド管理部門の課題を解決出来るような何か。内外で通用するものに期待します。
ウェイボー(Weibo/微博。中国版のツィッターで、2016年8月現在アカウント保有者は中国内外合わせて5.6億人、アクティブユーザーは2.6億人いると言われる)上の短い広告が受けています。例えばこうしたショートムービーにおいても、パッと一目見てそのブランドだと分かるようなスタンダードが作れないでしょうか。それと「音」も重要ですね。「香り」も出来るといいかなぁ。
最近よく動画が炎上することがあるのですが、これもブランド管理の仕事だよ、と本社のブランド担当には言っています。セキュリティの問題だと。
山田
グラムコではイマジンカードのグローバル版を今年(2017年)リリースして、実際のプロジェクトにも投入を開始しました。ほかにブランドクリエイティブセッションという新しいセッションの手法も確立しつつあります。かつて、サッポロビールさんのCM終わりに流す0.5秒のサウンドアイデンティティを作ったことがありますが、そういった音についての基準も考えていく必要がありますね。
動画の印象管理なども含めて、いろいろ今後も新たなブランディングにおける潮流を作っていきたいと思っていますので、宜しくお願いします。
企業名:PIGEON (SHANGHAI) CO.,LTD
所在地:Rm.3201,2 Grand Gateway,3 Hongqiao Road,Shanghai 200030,China
創 業:2002年
従業員数:ピジョン中国事業3社計 500名(パート含む)
URL:http://www.pigeon.cn/