あるブランドに触れたとき、人はこれまでの経験に基づいて直感的に好き嫌いを判断します。だからこそ、ブランド構築において、そのブランドらしさを理屈ではなく、直感的な印象として魅力的に伝えることが非常に重要です。本コラムでは、台湾の医療機器メーカーWellell(ウェルエル)のリブランディングプロジェクトを通じて、ブランドスタイルが企業ブランディングにどのような影響を与えるのかを探ります。Wellellのブランドスタイルが従業員のエンゲージメントを高め、企業の未来を切り拓く原動力になったことをご紹介し、成功するブランドスタイルの秘訣とトップマネジメントの関与の重要性についても考察していきます。
ブランドスタイルとはコンセプトを視覚的に表現したもの
――それでは、今回のテーマ「ブランドスタイル」とは一体何でしょうか。まずはお二人のお考えをお聞かせいただけますか。
内垣 やはりブランドコンセプトが全てのブランド活動の基盤になるので、それを軸にしていかに視覚的に一貫性を持った表現をするかということに尽きると思います。具体的には、色や写真やレイアウト、グラフィックエレメントといったデザイン要素に落とし込まれますが、それらに共通して感じられるそのブランドの“らしさ”を、管理できるようにつくっていくのがブランドスタイルだと思います。
木村 補足すると、一貫性のあるスタイルをつくる上では、ブランドコンセプトからそのままデザイン要素へと一気につなげるのではなく、一旦クリエイティブなキーワードへと変換する必要があります。元のコンセプトで伝えたいブランドの世界観に沿った形で、より写真やカラーへと展開しやすいクリエイティブワードへと置き換えることで、ブランドの関係者にとって共通する意識が高まります。このクリエイティブワードへの変換をどれだけジャンプできるか、発想を飛ばしつつも、分かりやすい言葉へと置き換えられるかがポイントです。
内垣 例えば目指すブランドイメージが「先進的」であったとして、企業によって「先進的」のニュアンスは違ってきますよね。よりヒューマンな感じの先進性なのか、テクノロジカルな先進性なのか、自分たちはどういうブランドなのかを考えることで、その企業らしい表現というのが見えてくると思います。
木村 そのために、最近はクライアントにも参加して頂いてセッション形式で一緒にキーワードを導くということをよくやっています。50枚以上の写真や色のカードから、そのブランドらしいカードを選び、なぜそのカードを選んだのかを言語化します。ポイントは、まずはノンバーバルで選ぶということです。感覚をもとに繰り返し言葉にしていくことで、本質的なそのブランドらしさを導くことができます。
ブランドスタイルを構築するためのクリエイティブセッションの様子
Wellell(ウェルエル)のブランディングとスタイル構築
――ありがとうございます。さらに、実際にお二人が携わった事例を交えて詳しくお話を伺いたいと思います。台湾の医療機器メーカーWellell(ウェルエル)について教えて頂けますか。
内垣 Wellell(ウェルエル)は2019年4月より約2年半にわたってサポートさせて頂いたプロジェクトです。ブランディングに取り組む上で、解決しなければならない課題が3つありました。一つは、社名の問題です。元々は医療機器の貿易メーカーとして創業し、APEX Medicalという社名でした。しかしAPEXというのは「頂点」を意味する一般的な言葉です。そのため、医療業界の中で同じ社名が存在し、名前での差異化が難しいことがグローバルに展開する上で障害となっていました。二つ目は、自社のアイデンティティの問題です。貿易会社から、OEM/ODMを経て、自社ブランドを展開するという変貌を遂げる中で、自分たちはなぜこの事業をやっているのか、という目的(パーパス)が見失われていました。それをきちんと再定義したいという点です。三つ目はこれまでのBtoBを相手にした事業からもっとBtoCへとシフトする必要があった時に、現状のメッセージでは、お客さまに伝わらないのではないかという点です。
この3つの課題を解決すべく、プロジェクトを進める中で、ブランドのコンセプトを新たに定義し、それに則ったロゴを開発し、ブランドの世界観つまりスタイルの構築へと広げていきました。結果として、BtoCのお客さまにも分かりやすいブランドに生まれ変わったと思います。
木村 社名の変更やロゴの開発は、プロジェクトスタート時点ではやるかどうか決まってはいなかったのですよね。ただ、今後のありたい姿を議論していくうちに、本質的な社名やロゴの課題も見えてきて、思い切って変える方向に舵を切ることになりました。コンセプトに基づいて、未来志向でしっかりとそれを表す方向に進んだことは、プロジェクトの成功に大きくつながっていると思います。
――ブランドスタイルを開発する上で、苦労した点はありますか。コロナ禍だったこともあり全てリモートで行ったと聞いていますが。
木村 リモートでのクリエイティブセッションの実施は、それほど障壁にはなりませんでした。先方の参加者の皆さん、とても熱心に写真を選んでくれました。ただ、写真の使い方についての認識合わせという点では、最初戸惑われた部分もあったと思います。これまでのAPEXの世界観では、写真と言えば人が製品を使用するシーンが中心でした。Wellellに変わることで、新たにVitalとRefreshという2つのクリエイティブキーワードを設定し、それにふさわしい写真を選んでいきました。
私たちからは、パーパスで掲げた「Carefree life(安心できる生活)」を表現するために、気持ちよく呼吸できるプロダクトのイメージを伝える透明な水や、澄んだ空気を感じさせる写真をご提案しました。しかし、最初はそのようなメタファーにあまりピンときていないご様子でした。
パーパス(Purpose)とは、企業やブランドが社会に対してどのような価値を提供し、存在意義をどのように実現していくかを示すものであり、単なる商品の機能性を超えて、社会や人々の生活に貢献する理念を表現します。「Carefree life」というパーパスも、顧客が心地よく自由に過ごせる生活をサポートするという使命を掲げたものです。
何度かご説明を重ねるうちに、クライアントにもその意図をご理解いただき、最終的にはパーパスに掲げた「Carefree life」という言葉を具現化した世界観が共有できたと感じています。
Wellellの世界観を1枚で表現するイメージボード
スタイル構築によって、従業員のエンゲージメントも高まる
――ブランドスタイルを構築する上で、何が重要だと思いますか。
内垣 一度決めたスタイルを徹底するということだと思います。Wellellで言えば、Webサイトはもちろん、本社内のショールームにもきちんとスタイルが反映されています。SNSで発信する際にもカラーを守っているようですし、ブランドを徹底する意識は日本のクライアントよりも高いかも知れませんね。新しく決めたターコイズブルーの色味はWellellブルーと名づけました。これをとても気に入ってくださっていて、彼らの中で大きなアイデンティティとなり、オフィスの壁面など、様々な場所で使われているようです。
木村 ウォーターボトルとかショッピングバックとか、お客さま向けに作ったノベルティを欲しいという声が社員の中から出てきて、原価だけ負担してもらって社員にも販売するようになったと聞きました。デザインの力で従業員のエンゲージメントが高められているのは素晴らしいことだと思います。
内垣 オリジナルのTシャツを社員に配布して、週に1日はユニフォームデーを設けているそうです。今回刷新したブランドのデザインは特に若い社員から好評だそうです。マーケティングの視点でも、ブランドコンセプトに合わせてリポジショニングを行い、売り方の意識が変わったとか、R&Dの面でも以前よりチャレンジできるようになったとの声も聞いています。APEXの時にはなかった変化が起きているようです。
トップのコミットで、プロジェクトは加速する
――ポジティブな変化を生み出すブランディングは、これからますます必要になりそうですね。最後に、お二人から一言お願いします。
内垣 きちんと自分たちらしさを表現できていけば、興味を持ってもらうきっかけになりますし、共感してくれる人、さらに言えばファンを生むことができれば未来のお客様となって、その企業のビジネスに寄与するかもしれません。自分たちを知ってもらい、自分たちを正しく伝えるきっかけを作るのがブランドスタイルかと思うので、 何かそういったところに可能性を感じていただけると嬉しく思います。
木村 スタイル構築というと、社名やロゴを変えるよりは、トップの関与度はどうしても低くなりがちですが、ブランドの印象を大きく変えることができるため、トップの意思はとても重要です。現場の社員の方は、現状維持に意識がいきがちなところを、未来志向で大きく変わるチャンスがあります。
ロゴとロゴマニュアルだけでクリエイティブを作るところから、 スタイルとガイドラインでクリエイティブを支援する方向に、その方がより個性的なブランドになることをお約束します。ぜひ、一緒に実践していきましょう!
Wellell(ウェルエル)
1990年APEX Medical Corporationという社名で医療機器の貿易会社として創業。その後、自ら製造するODM/OEM企業へ変化を遂げて事業を推進。ここ10年は自社製品を「APEX」ブランドとして世界約60カ国でビジネスを展開するまでに成長しました。さらに、創業者で現会長のダニエル・リー氏はデジタル技術を駆使した製品の革新だけでなく、関連サービスの提供まで手掛ける事業戦略を打ち出し、グローバル市場でより一層の存在感を示し、確固たる地位を確立することを決意。2019年4月からリブランディングに着手しました。 2022年1月には新ブランド「Wellell」(ウェルエル)へと進化を遂げ、社名をWellell Inc.に改称しています。