新たなブランドを立ち上げた後、ブランドを維持し、管理することは、ブランドの一貫性を保つためにも欠かすことは出来ません。では各社どのような工夫をし、管理を行っているのでしょうか。第2回となる今回は、グラムコ社内でブランド管理に長年携わる松下を迎え、ブランド管理の潮流を振り返り、テクノロジーと人の両面を活用した最適な管理手法をお伝えします。
――まずは長年ブランディングに携わる松下さんの視点から、VI(Visual Identity)開発、管理の必要性が高まった背景にはどのようなことがあるとお考えでしょうか。
松下
そうですね、まず90年代に金融ビッグバンが起こっていた当時、グラムコでは金融機関のパンフレットの制作などを多く手掛けていました。そこから、2000年代に入って金融機関の合併・統合が活発になり出したのを皮切りに、再編によって新たに生まれるブランドの名称や象徴となるVIを開発する必要性が生まれまして。それに付随する形で、開発したVI要素を一元化したVIガイドラインの制作も多く依頼されるようになりました。
――その当時のVIガイドライン開発の代表例にはどのようなものがありますか。
松下
2002年に合併によって誕生した、損保ジャパン※ですね。社名とVIを同時に提案してコンペで決定したものです。
関連する子会社も多くありましたし、保険業界はどうしてもパンフレットなどのツール類の種類も多くあります。そうした多岐にわたるアイテムを一つひとつ整備し、デザインルールが破綻しないように検討を重ねていきました。関係者も多くいましたが、合意を取りながら慎重に、かつ迅速に進めることが出来たと思います。最終的に完成してオリジナルのバインダーに格納されたVIガイドラインは、物理的にも内容的にもとても重みのあるものに仕上がったと思います。
※損保ジャパン…2002年7月に安田火災海上保険、日産火災海上保険の合併により発足。正式名称は、株式会社損害保険ジャパン。同年12月には、経営再建中だった大成海上火災保険を合併した。その後、2014年9月には損保ジャパン日本興亜となり、2020年4月には再び商号を損保ジャパンに変更している。
――それでは、VIガイドラインの進化を紐解きたいと思います。古くは先ほど話にも挙がった損保ジャパンのように、バインダー式が一般的でした。どういう点が特徴でしょうか。
松下
バインダー形式では、全体を俯瞰して見ることができるメリットがあります。物理的な厚みと、1枚の紙面のスペースが限られる中で、本としてきちんと編集されているため、目的に応じて探しやすく、見やすいと言えると思います。
他には近年復刻版が発売されて注目されたNASAの例が顕著だと思います。NASAから新しいロゴデザインの依頼を受けたニューヨークのデザインスタジオ「Danne & Blackburn」が開発し、1976年に発行されたのが「NASA Graphics Standard Manual」です。92年に現在のロゴに変更されるまで約20年間使われ続けましたが、ロケットをイメージさせる「A」の形など、今なお色あせることのない優れたデザインだと思います。このNASAの例のように、ブランドのビジュアルアセットやデザインシステムの正しい使い方を示しているVIガイドラインは、ブランディングにおける憲法のような役割を果たしているとも言えますね。
「NASA Graphics Standard Manual」復刻版は、公式サイトより購入可能(画像は同サイトより引用)
https://standardsmanual.com/
一方で、NASAのようなファイル式のガイドラインは、表示色は印刷をベースに考えられていたため、モニターで表示されるRGB色については、数値は分かっても色そのものは確認できないというデメリットもあります。一度発行したらそのまま長く使うことを前提としていますので、更新性もあまり良いとは言えません。
――その後はPDFによる管理が主流になりました。この点はいかがでしょうか。
松下
制作する側からは、印刷しない分のコストと時間を内容の充実に充てられるメリットがあります。使う側にとっても、メールや社内の共有サイトでの閲覧など、電子データならではの使い勝手の良さはあると思います。ただし、バインダー形式とは異なり、色の再現においては、各自表示されるモニターによって色がブレる点を考慮する必要がありますね。
――近年では、さらに進化していて、企業がVIガイドラインやブランドアセットを格納し、閲覧・ダウンロードできるオンラインサイトをオリジナルで作る場合もあるそうですね。この点はいかがでしょうか。
松下
一般にも公開されているAudiの事例などは素晴らしいと思います。情報の更新性はもちろんのこと、コンテンツで言えば、モーションやサウンドの規定は実際に見て聞いて動きを体感することが出来るので、ブランドの世界観を直感的に共有することが出来ると思います。動き一つとっても、ゆっくり見せるのか、素早く見せるのかで印象は大きく変わってきますので、それらもコントロールできている点は素晴らしいと思います。
加えて、オンラインではブランドのアセットを一元管理できるメリットもあります。Audiでも、必要なデータはそのままダウンロード出来ますしね。セキュリティ面での安全性さえクリアできれば、今後も増えて行くのではないでしょうか。
Audiブランドサイトより
https://www.audi.com/ci/en/intro/basics/animation.html
――グラムコではオランダのバインダー社と提携して、オンラインによるアセット管理を提供するサービスも始めましたね。
松下
そうですね、プラットフォーム上でブランドを管理するガイドラインや各種ロゴデータ、画像などを一元管理できる「ブランドセンター」と言うサービスで、利用者にアクセス権限を与えることで、閲覧者を限定することが出来ます。これまでは問い合わせに応じて管理者が個別に対応していたことも、閲覧者が自己解決できるようになったため、管理者にとっては、より本質的な活動に時間を使えるメリットも生まれます。日本企業の導入も進んでいますので、気になる方はぜひお問い合わせください。
https://www.bynder.com/en/
――続いて人による管理についてお聞きします。ブランド管理が形骸化しないために、ブランドを守り育む人をどう教育するかというテーマは各社頭が痛いところだと思います。何かヒントはありますか。
松下
日本YMCA同盟のブランディングでは、新しいVIへリニューアルした際に、パンフレットやチラシの制作ルールも新たに設けました。一般的には、ガイドラインを納品した後は、クライアントが外部の制作会社へ発注する際にそれを参照して頂くことが多いのですが、YMCAの場合は内製することが多いのが特徴でした。それも、皆デザインのプロではなく、手作業のような形でやっている状況でした。
そこで、全国のYMCAメンバーの方に向けて、デザイン研修を2回開催しました。1回目では、まずはブランドの概要の説明としてブランドコンセプト、ロゴの意味などを説明した上で、実際にイラストレーターを起動するところから、データを開いて触ってもらうということを行いました。2回目では、イラストレーターでの文字入力やレイアウト調整の操作方法を覚えてもらって、実際にチラシを作ってみるところまで行って頂きました。
――盛り上がりましたか?
松下
はい、1回につき40名程参加頂いたのですが、皆さん楽しそうでしたよ。研修会が終わった後には、具体的な制作物についてお困りの点を、添削のような形でアドバイスさせて頂いたりもしました。プロジェクトが終わり、私たちの手を離れても、きちんとブランドが管理されていますので、とても良かったと思います。
――他にはどういう事例があるでしょうか。
松下
全国に30か所以上拠点がある法人にて、グループ各社の1年間の制作物を集めて、ブランドのルールに沿っているものを表彰するアワードを行っていた例があります。VIガイドラインに沿ってしっかりと採点基準を設けて評価するのですが、ダメな点を指摘するのではなく、良いところを称えるという趣旨がとても良いと思いました。良い例を共有することで、インスピレーションが湧き、新たに何かを作る時のヒントにもなっていたようです。
――どの会社でも取り組むことが出来そうですね。
松下
日常業務の中では、自社のことを客観的に見ることは少ないと思うんですよ。それを、客観的に評価するというのは、新たな気付きを得ることにもつながると思います。グラムコのブランディングメソッドでは、リサーチフェーズで行う「視覚監査」を大切にしています。これも、自社のVIが表示された様々なアイテムを集めて俯瞰して見ることを行うのですが、あまりにバラバラでびっくりされるお客様が多くいます。
――VIの管理が上手くいかない場合には、どのような結果が生じるのでしょうか。
松下
これまで目にした例だと、そのブランドを愛するがゆえに、一度にたくさん表示させてしまうということがあります。例えば、風呂敷のようなものにいっぱい並べたり。そうすると、自分たちはたくさんロゴを使うことで印象を強めている気持ちになっているかも知れませんが、模様のように見えて印象が弱まってしまうこともあります。そのロゴが一番印象的に見える表現は何かを考えていくことが大事だと思います。やはり、ロゴはそのブランドの象徴ですし、宝石のように大切に磨いて常に輝かせないといけないものなのだと思います。埃がかぶらないように、常に価値を磨き続ける努力をしないといけないと思いますね。
――なるほど、そうすると話は戻ってブランドの管理はとても大切になりますね。
松下
その通りです。ご紹介したバインダーのようなオンライン上のプラットフォームサービスを活用してアセット管理をすることが、今後はますます増えて来ると思います。同時に、ブランド管理できる人の教育も大事になってきますね。その時に、ポジティブに褒めあうという文化があると、社内の協力も得やすく、皆でブランドを大切にしようという気持ちが醸成されてくるのではないでしょうか。ぜひ、そのようになって欲しいと思います。