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2020

コロナ危機で試されるブランドパーパス ~ カンヌライオンズ2020レポート

2020.7.15

取締役副社長 シニアコンサルティングディレクター
矢野陽一朗

今年のカンヌライオンズはオンライン開催に

毎年6月に開催されるカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル、通称カンヌライオンズ。One Show、クリオ賞と並び世界三大広告賞の一つに数えられるこのイベントは、単なる広告賞の枠を超えて、産業界から多くの参加者を集めて行われることで知られる。特に、近年は企業のコミュニケーションやクリエイティブについて活発な意見交換が行われるため、世界のマーケティング・ブランディングの最新動向を知るうえで重要なイベントとなっている。
残念ながら、今年のイベントは新型コロナウィルスの影響により来年に延期となってしまった。そのかわりに、もともと開催予定だった6月22日から5日間にわたって、オンラインセッションが開催された。毎日5時間以上、5日間続けて配信されたコンテンツは濃密そのもので、そのインパクトは例年以上だったのではないかと感じた。本稿では、その中からいくつかをご紹介しつつ、ブランディングの観点から総括したいと思う。

ニューノーマルにおける消費者の心理

新型コロナウィルスの世界的な広がりとロックダウンによって、人々の暮らしは一気に変わってしまった。英国のトレンド予測会社WGSNのレポートは、2022年という比較的近い将来に焦点を絞って、生活者の心理を鮮やかに描き出している。
まず、消費者を支配するのは地球環境や経済に対する恐怖である。西洋人に限らず、地球温暖化に対する不安は世界的かつ慢性的に高まっており、2008年の金融危機以降、人々が抱いてきた経済危機に対する根強い不安は、パンデミックによっていっそう高まってしまった。こうした恐怖は、デジタルデバイスを通じて人々が目にするネガティブなニュースによって増幅されている。日常生活では、オンラインデリバリーや在宅勤務によって、人々が同じ時刻に同じことをするという集団的な生活パターンが崩れてしまった。これによって、人と人の交流が薄れ、コミュニティが分断されつつある。こうした中では楽観主義を貫いて明るくふるまう人がいる一方で、状況に順応し、回復するためのレジリエンスの能力を求める人も出てくる、と分析する。
レポートではさらに、未来の消費者像として「安定主義者」「定住者」「新楽観主義者」の三つのプロファイルを提示し、企業がアプローチすべき姿勢や方法について論じている。全体を通して見えてくるのは、不確実性が支配するニューノーマルの時代の中で、なんとかして心身のバランスをとろうとする消費者の姿だ。5Gの普及が進み、社会がますますデジタルで繋がっていく一方で、リアルの生活では孤立感を深めていく個人。こうした近未来のアンバランスな社会が、パンデミックによって一気に現実化してしまったのかもしれない。
一方、英国に本拠を置くメディアパブリッシャー、DAZED MEDIAは、若者世代について踏み込んだ世界調査を行っている。それによると、2000年代に生まれたいわゆるZ世代の若者たちは、個人の趣味・嗜好が極端に多様化したMonomass、つまり個の集合体である。パンデミックの渦中に沸き起こったBLM(Black Lives Matter)運動と連動しつつ、個人の多様性を重んじる傾向が究極まで進むことによって、一人一人の個性はとらえどころのない、流動的なものとなる。彼らは一つの職業に縛られることなく、さまざまな収入源を組み合わせて生計を立て、多様なジャンルの音楽やファッションを組み合わせて自らのスタイルを作ってゆく。最終的には、自らが所属するグループの境界線すら曖昧になってゆく。
彼らは自らの価値観を重視し、正しいと思えるかどうかで行動する。驚くべきことに、Z世代の若者の85%が、倫理的に間違った行いをするブランドを買わないと答えた。そして、75%が、肉食を減らしたり、購入する服を減らしたりするなど、購買習慣を変えているという。さらに、ソーシャルメディアを通じたインフルエンサーの影響力は弱まっている。調査では、10万人以上のフォロワー数を持つ有力なインフルエンサーによって、自身の購買行動を変えると答えたのは、わずか6%だけだった。彼らが重んじるのは自らのセンスであり、そのブランドがどのような視点を持ち、消費者や世の中にどう働きかけようとしているかを見極めるのである。
ここから見えてくるのは、本質を追求するブランドが求められる時代に入りつつあるということだ。若者世代が求めているのはリアルなストーリーであり、彼らの価値観に合致する正しいふるまいである。当然ながら、企業の側に求められるのは人材の多様性であり、こうした若者世代に共感しつつ、利益よりも正しい行いを重視する一貫した姿勢であると言えよう。

企業姿勢を行動で示す

消費財メーカーのユニリーバは、民間の世論調査会社エデルマンとともに活動の報告を行った。エデルマンのCEO、リチャード・エデルマンによれば、パンデミックによって消費者が企業に求めるものが大きく変わったという。基本的な生活ニーズに加え、手洗いや消毒といった感染症対策、ロックダウン中の家庭生活、失業や持病の治療といったプライベートな問題に対するサポートなど、差し迫った課題に対して、企業がどのように手を差し伸べてくれるかが重要になった。必要なのは耳あたりの良い企業メッセージではなく、具体的な支援であり、そのための行動である。調査では、89%もの消費者が、差し迫った課題に対処するために、ブランドが行動を起こすことを求めた。
ユニリーバのCDMO(Chief Digital & Marketing Officer)コニー・ブラームスによれば、同社はパンデミック発生直後に公式発表を行い、主力石鹸ブランドのライフブイだけでなく、「他社ブランドの石鹸でもよいので」とにかく手洗いが重要だというメッセージを流した。そして、24時間後には、ターゲット市場10億世帯のうち、三分の一にこのメッセージが届いたという。
アクションを起こすことの重要性は、BLM運動でも示された。エデルマンによれば、消費者の6割が、ブランドは自らの立場を表明し、人種差別や不正義と闘う姿勢を示すことを期待している。同じく6割の人が、この問題に対する企業の姿勢を見極め、購買意向を変えると答えている。若者や女性では、この数字は8割近くに達する。
ユニリーバ傘下のアイスクリームブランド、ベン&ジェリーズはこの問題に対して長年取り組んできた歴史を持つ。BLM運動の広がりの中で、同社は積極的に企業メッセージを発信し、この運動に対する支持を表明した。一方で、この問題に対して別の形で粘り強く取り組んでいるブランドもある。パーソナルケアブランドのDoveは、CROWN(Creating a Respectful and Open World for Natural hair)というイニシアチブを通じて、黒人女性のヘアスタイルに対する差別を禁止するために、全米の各州で法案を整備する活動を行っている。さらに、同社がクラウドファンディングに参加して制作された「Hair Love」という短編アニメ―ション映画は、多くの人々の支持を得て今年のアカデミー賞を受賞した。

ユニリーバは「持続可能な暮らしをあたりまえにする」というパーパスを10年前に掲げ、事業戦略の中心に据えて全社的に取り組んできた。今回の発表を見て感じたのは、その精神が社内のすみずみに浸透し、あらゆる活動に反映されているということだ。世界的な消費財メーカーという立場ゆえに、社会的な課題と本業が密接に関係しており、取り組みやすいのではないかと感じる読者も多いだろう。しかし、自社の持続可能性を地球の持続可能性に直結させているからこそ、一つ一つの活動がより本質的で、意義深いものになっているのではないだろうか。こうした活動は自然と人々の共感を生み、企業やブランドに対する信頼感を高めていくはずだ。

次々とアクションを起こす

アンハイザー・ブッシュ・インベブはベルギーに本拠を置く世界有数の酒類メーカーである。今回のカンヌライオンズでは、米国CMOのマルセル・マルコンデスが、コロナ危機におけるバドワイザーのマーケティング・ブランディング施策について発表した。
まず、彼らのパーパスが「人々を集めること(We exist to bring people together)」であることに着目しよう。彼らが取り扱っているビールやスピリッツなどのアルコール飲料は嗜好品であり、摂取量によっては健康を害してしまうおそれもある。前節で扱ったユニリーバのように、生きていくために必須の商品というわけではない。通常、こうした会社の経営理念やパーパスは、あたりさわりのない穏当なものになってしまいがちだ。ところが、彼らはお酒を提供することによって人々が集い、楽しい時間を共有し、心を豊かにするという、高次の意義を見出している。このパーパスによって、社員のだれもが誇りを持って働くことができるだろう。
ところが、コロナ危機による一連の出来事によって、人々が集まれなくなってしまった。彼らの最大のビジネス基盤であるレストランやバー、スタジアムなどが閉鎖されてしまったのである。そこで、彼らは再び人々が集まることができるようになるために、コロナ危機に立ち向かっていった。そのアクションのスピードと量は、目を見張るものがある。
まず、パンデミック直後は、切迫する社会的なニーズに素早く対応した。自社の醸造設備を生かして手指用消毒アルコールを生産して医療機関に寄付したり、スポーツイベント向けのマーケティング予算を米国赤十字社の支援に転用してスタジアムで献血活動を行ったりしている。
次に、ロックダウン期間が始まると、人々が自宅で楽しく過ごせる方法を提案していった。例えば、自宅で手軽に楽しめる創作スポーツの動画を募集したり、オンライン飲み会のイベントを開催したりした。オンラインゲームのチャリティイベントを開催して寄付金を集めたり、休業中のシェフやスポーツトレーナーの協力を得てレッスン動画を配信したりした。さらには、米国救世軍と連携した電話相談室を開設し、心に不安を抱える人をサポートする取り組みも行った。このCMはビデオチャットの画面を模した軽い会話で始まるが、危機下での心の繋がりの大切さを示唆する、印象的なものになっている。

現在はロックダウンが徐々に解除され、生活が元に戻る途上にある。ここではレストランやバーを支援し、オンラインメニューを表示するQRコードを印刷したカードをテーブルに置けるようにすることで、感染防止策を提供している。また、自家用車での通勤が増えることを踏まえて、ノンアルコールビールの広告を増やした。最終的には、明るいトーンのテレビCMを通じて、バーやレストランに人々が戻ってくるように呼び掛けている。
こうした取り組みを重ねた結果、ソーシャルメディアにおけるメンションは昨年対比70%上昇、業界への成長寄与度は昨年の7%から24%に向上など、その成果は数字にもはっきりと現れている。まさにピンチをチャンスに変えた好事例と言えるだろう。
それにしても、コロナ危機が顕在化して半年足らずの間、状況が刻々と変化していく中で、次々とタイムリーな施策を打ち出していることに驚かされる。マルコンデス氏によれば、施策のほとんどが数週間の検討ののちに実行に移されたという。これだけの企画を打ち出す社員の熱量もすごいが、それにゴーサインを出していったマネジメントのスピード感も素晴らしいと思う。彼の発表のトーンは明るく、力の抜けたもので、見ている私たちの気持ちを明るくしてくれるものであったことを付け加えておきたい。

パーパスを軸にピボットする

コロナ危機に際して、日本企業のコミュニケーションが比較的穏やかであったのに対し、アメリカ企業のそれは過剰ともいえるものであった。「今は家にいてください」「私たちはあなたとともにいます」「エッセンシャルワーカーの皆様に感謝を」。どれも素晴らしいメッセージではあるが、あまりにも多くの企業が似たようなCMを流してしまったために、それを揶揄する動画が作られたほどだ。結果として、消費者の心に響くものにはならなかったのではないかと推察される。

カンヌライオンズの発表から見えてきたことは、ありきたりなメッセージを伝えるだけでは明らかに足りないということだ。消費者は不安を抱え、孤独の中で支援を求めている。こうした状況の中で、素早く行動し、具体的な支援策を提供できるブランドこそが、期待と共感を得ることができる。ユニリーバやバドワイザーで見たように、優れたブランドにはパーパスがあり、それが社員の原動力になっている。特にコロナ危機のような、従来のやり方や常識が通用しない状況では、何を大切にして、何をやるか、何をやらないのか、という判断を迫られることになる。そうしたとき、シンプルで力強いパーパスが共有されていれば、社内のあらゆる階層で判断がぶれることはないだろう。

今回のカンヌライオンズのキーワードは、ピボット(Pivot)だったと思う。サッカーやバスケットボールの選手が行う、軸足を固定して向きを変える動作のことだ。コロナ危機でビジネス環境が変わり、働き方や生活の価値観までもが変わりつつある中で、当事者である広告業界をはじめ、産業界の多くがピボットしなければならない。その時の軸足はパーパスに置くべきだ。パーパスは崇高でなければならない。ただし、どんな企業でも言うことのできる抽象的なものでは役に立たない。その企業ならではの、本業と社会をつなぐパーパスを見出すことができていれば、コロナ危機のような不確実な状況でも、軸足がぶれることはない。そのうえで、顧客の声をよく聴き、彼らの立場に立って考えれば、やるべきことはおのずと見えてくるはずである。

 

参考文献
1.WGSN “Future Consumer 2022”
https://lp.wgsn.com/watch-future-consumer-2022-webinar-fy20q1.html
2.DAZED MEDIA “The Era of Monomass”
https://dazed.studio/monomass/

 

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